残念な時帰呼が綴る 残念な感じのON>OFF生活


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森


新宿か渋谷歩いていたら 地下街が水浸しで地上入り口まで 浸水して びっくりしてしまった夢。

危うく 足を踏み込んで 溺れそうになった。

何人かが 奥が どうなっているのだろうと 潜って行ったけれど、誰も帰ってこなくて 救急やレスキューや警察が やって来て大騒ぎになっていた。

私は どこへ行こうとしていたのか分からないけど これでは地下鉄に乗れないなと諦めて、明治神宮の前まで歩いていった。

神宮の森の道を挟んで向かい側に カフェがあったから、そこへ入って ホットサンドイッチを注文した。
煮込んだチリビーンズと厚切りのベーコンが具の特製サンドイッチ 500円(税込み)

二つ注文したはずが 一皿しか作ってもらえなかったから もう一皿作ってくださいと お店のマスターに頼んだ。

半地下の客席ホールに降りて 楕円形というかカシューナッツのような形の大きなテーブル席の端に座って待っていると 程なくサンドイッチが出来上がって マスターが持ってきてくれた。

テーブル席からは 明治神宮の森が 店の入り口を通して ちらりと見えていて、マスターが「立派な森でしょう?」と言った。

「あれ、人工の森だとは 信じられませんよね」と 私が答えると、「なんだ知ってたのか」とマスター。

「ええ、テレビで見ました」と言うと マスターは苦笑いしていた。


スマホの地図アプリを見ながら、今から呼んでも ホットサンドイッチが 冷めてしまうなと思っていたら。 店の入り口から 二人連れの女の子のが入ってきて 私を見つけて 近づいてきた。

ちょっと感じが変わっていたけれど 彼女と彼女の仲のよい幼馴染みの女の子だった。

幼馴染みの女の子は 店内を見て回っているようだったけれど 彼女は テーブルまでやって来て 私の隣に座って いつものように「えへへ、見つけた♪」と いつもの笑顔を向けてくれた。

私は「よく ここが分かったね」と心底驚いていると、彼女は「なんとなく分かっちゃった」と 満面の笑み。

私は 彼女の二の腕に そっと触れ、「ありがとう」と言った。
その手を 彼女のウエストに回し、「冷めちゃうから、さあ食べよう」と言ったが 彼女の顔を見ていたら、

(あぁ、彼女の笑顔だ)

そんな思いが溢れてきて 涙が流れた。
ボトボトと 涙が溢れた。



…目が覚めてしまった。
起きても 私は泣きじゃくっていた。

夢だったんだと哀しくなった。


けれど、彼女の顔が見れて嬉しかった。

右手には 確かに彼女に触れた感触と温もありが残っていた。


今日は 四年前に 『メルヒェン』が発売された日。

私の場合は 14日に有給休暇を取って 名古屋と豊橋のメイトへフラゲしに行ったので 前日には既に聴いていたのですが。

情報によると メイト等では 『メルヒェン』の販売コーナーでは サンホラ関連のミニ展示会もあるとのことで 勇んで名古屋へ車を飛ばした事を覚えています。

しかしながら、名古屋メイトへ到着してみると 数枚の写真パネルが展示されているのみのショボい有り様…。
少しばかりガッカリしながらも 『メルヒェン』をゲット出来ることを思い 気を取り治しました。

ところが、『メルヒェン』入荷は昼過ぎになるとの店員さんの言に またもやガッカリ。仕方がないので 近くの喫茶店で モーニングセットのトーストとゆで玉子を貪り喰いながら 時間を潰しておりました。

二時間程してから メイトへ戻ると 『メルヒェン』が平積みになっており、早々 初回限定版をニ枚ゲット♪
合わせて まだ未入手だった 『エリュシオン』と『Roman』のDVDを購入しました。

初回限定版をニ枚購入したのは その時 私が企画していた 第七の地平線アンソロの執筆者の方のうち二名分の資料としてお送りする為でした。

売り場周辺では 明らかに『メルヒェン』目当てのローランと思われる方も数名いらっしゃったようで、ちょっと声を掛けてみようかとも思いましたが 当時の私はチキンでしたので それは諦めました。

そんなわけで、名古屋メイトでの目的を果たした私は 一路 豊橋メイトへと引き返しました。そう、地元のメイトにも予約を入れておいたのです。

帰宅は1号線を使いました。勿論 購入したばかりの『メルヒェン』をゆっくりと聴きながら豊橋へ向かう為です。

胸をドキドキさせながら ディスクをカーステに挿入♪

流れ出る スローテンポのピアノイントロ。サッシャさんの不気味なドイツ語のナレーション…。そして続くアップテンポの疾走感溢れるメロディー♪

イドイドから続く因縁と怨念と情念が まるで城壁を這う蔓薔薇のように複雑に絡まる悲恋のメインストーリー。

そして、散りばめられた哀しき童話たち。

其処には 確かに数多のローラン達が待ち望んだRomanがあったのです。

最終トラックまで 聴き終えた私の目には 運転しながら前方が 全く見えなくなるほどの滂沱の涙。

この想いを 誰かに伝えたいッ!!

そう思った私は アンソロに参加してくれている東京在住のローランの友人へメールを送りました。

ひとりの方は 私が「暁光の唄では 涙が止まりませんでした」と送ると「私は一曲目の宵闇の唄で泣きましたッ!!」と返信が、もうひとりの方には「新宿と
渋谷を廻らないといけないから まだ聴けないけど 早く聴きたい♪」と返信をいただきました。そして、その後の返信には イヴェールと双子人形の衣裳の写真が添付されていました。

うわぁッ!! 流石 東京ッ!! 地方都市のショボい写真パネル展示とは雲泥の差ではないか~…(泣)

そんなことを言っていても始まりません。私は 再度気を取り治し 豊橋メイトひ到着。

予約しておいたので 問題なく この日 三枚目の初回限定版をゲット♪

帰宅してからは、その日 一日中 『メルヒェン』を聴き倒したのは言うまでもありません。

そんなこんなで、メルヒェン漬けの一日だった四年間の12月14日。

今 思うと、ほんの少し前の事のようにも思えます。

けれど、その間には 途轍もない秒数の時間が 濁流のように流れ去り、その間には 取り返しのつかない事も起こってしまいました。


Roman衣裳の写メを送ってくれたひとは、友人から 私が生まれてから最も大切なひとなになり、そして 今は 彼岸の彼方へ去って行ってしまいました。

四年という月日は なんと残酷なのでしょう。

此処より先、どれ程 私はさ迷えば良いのでしょうか?

エリーゼは メルヒェンを残し、先に昇天してしまいました。

けれど、メルコンの最後には 何度目かの転生と繰り返しの果てに再会を果たしたようです。

では 私は いつになったら、彼女に再会出来るのでしょうか?

いつか、また逢えるのでしょうか?

もし、また逢えたなら…、

エリーゼに再会したメルのように、私は こう言うでしょう。





「今度こそ、幸せになろうね♪」






愛してるよ…。




早く逢いたい。














12月7日の日曜日に 渋谷で開催中の井上直久先生の展覧会へ行ってきました。


渋谷駅から7分程の距離とのことでしたが 当方 地方民なので 道に迷う可能性を考慮して 三時間も前に渋谷に到着。
けれど、それも杞憂というもので スマホで検索した道順を頼りに歩くと 程なく 会場であるBunkamuraに辿り着くことができました。
これも 文明の恩恵だと感謝♪

そんなわけで、お昼くらいに会場に着いて 絵を見ていたところ 先生の絵を模写している若いひとが居たので 声をかけてみたところ、さいたまの美術専門学校に通っているひとだと分かり 少しばかり…というか かなり話し込んでしまいました。

そして 二人で話していると 会場にブラウンのジャケットを着た颯爽とした長身の紳士が現れました。ネットでお顔を拝見したことのある井上先生に間違いありません。

羨望の目で見ていると なんと先生と目があってしまい 先生の方から話しかけてくださりました。

こちらが こんなに話をしていただけるなんてと恐縮してしまうくらいの時間を 先生の絵の描き方や下地の作り方、先生の使っている筆の事など いろいろな話を聞くことが出来ました。

今回の最大の目的のライブペインティングでも 先生は話しっぱなしで筆を動かし、見る間に作品世界が創り上げられてゆくのに 驚きと感動を感じました。

絵を描くということは 先生自身楽しく てわくわくして仕方ないというのが 見ていて とても強く伝わってきた とても素敵なイベントでした。

私も もっと もっと絵を描く事を楽しまなければ 損だと つくづく思った次第です。

そんな感じのライブペインティングでしたが 会場に入ることが出来ずに ガラス越しに外から見ている人達も出来たくらいに 大盛況のうちに 一時間はあっという間に過ぎてしまいました。

今日は 渋谷まで やって来て ほんとうに良かった。






台風19号は どうやら日本を縦断した後 遠くへ行ってしまったようですね。

今日は 台風一過の真っ青な空を 白い雲が 強風に追い立てられるように流れ去っていきました。


さてさて 実は 昨日、私は さるお友だちに誘われて 名古屋で開催中の人形作家 中川多里先生の球体関節人形展に行ってきました。

http://www.yaso-peyotl.com/archives/2014/10/k_kominka.html

其処は、築うん十年の古民家を個展会場としての人形展でしたので、とてもとても不思議で懐かしい雰囲気の中、可愛く綺麗な 沢山の球体関節人形達が 私達を待っていてくれました。

昨日は 折良く 中川多里先生も会場にいらっしゃいました。暫く 人形達に見とれていると 先生から声を掛けていただき、先生御自身が煎れてくださった御茶を ちゃぶ台を挟んで 差し向かいで戴く事が出来ました。

そこで 私は、先生が気さくな方なのを良いことに 図々しくも、かねてから人形作家の方々が作る作品に対して 長年抱いていた疑問を 直接 お訊ねしてしまいました。

(実のところ、少々 失礼な質問になってしまったとは思うのですが) 先生は 私にも解りやすく丁寧に答えてくださり、ようやく納得することが出来ました。

例えば 手足を球体関節部分で四肢切断されたように作らないままにされていたりするのは 何故なのか?…とか。

先生とお話ししているうちに それはトルソーや胸像などと 同じような作品なのだと教えていただき、自分としては 不気味な雰囲気に思えていた そういった作品に対して 別の見方が出来るようになったような気がします。

「生きているようだとか、死体のようだとかいうのは ちょっと違和感がある。私は、此れが何で造られているのか知っているから…、此れがモノであることを知っている。私は ただ 作りたいものを 作っているだけ…、表現しているだけなのです」

先生が お話ししてくださった中でも 特に その言葉が 印象に残っています。

台風が接近し、カタカタと障子戸が鳴るのも なんだか より一層不可思議な雰囲気をもり立ててくれる中で、とても とても素敵な時間を過ごすことが出来ました。 ほんとうに ありがとうございました。


次は 愛知県美術館で開催中の『ラウルデュフィ展』を見に行く予定です。

ラウル・デュフィの描く奔放な色彩の氾濫を直接見るのを楽しみにしています。

もっと もっと 綺麗なものを沢山見たいな。

出来るだけ 沢山…。
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