残念な時帰呼が綴る 残念な感じのON>OFF生活


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イドルフリードさんて 誰?

航海士にして、古井戸子ちゃんのファッティー、 つまり、お父上?

なんで 井戸なんかに落ちるという ドジな最後を遂げたの?

その、落ちた井戸って 古井戸子ちゃんが【ceui!】って飛び込んだ井戸とは別の井戸ですよね。
だって、そんな人が落ちて死んだ井戸を そのまま日々の生活に使い続けるなんて とても考えられないから。

じゃあ、何処の井戸に落ちたの?


やっぱり、メルが落ちた井戸に落ちたのかな? だって あの井戸は人を呼び寄せる井戸だから…。

ちょっと考えたんですが、メルメルの外見って イドルフリードさんとそっくりですよね? 何故?


それって、もしかしたら メルメルの中にイドルフリードさんも居るってこと?
いやいや、イドルフリードさんの外見をした何かの中に メルツが居るって事なのでは?

よく考えると メルメルって イドルフリードさんとメルツの外見を混ぜこぜにしたような気がします。


 …で

ここから 時帰呼の妄想が暴走し出す訳です。

私は『誰』なのか? 誰? 誰? だれ・? ダレ?

もしかして、誰でも無いのかも…。


記述が抜け落ちた 真っ白なその頁(かみ)を 宵闇に染めてゆく


この歌詞は 其のままの事実を述べているのではないのでしょうか?

 Marchen von Friedhof メルヒェン フォン フリードホフ=墓場から生まれた童話

即ち 彼自身は 本当は誰でも無くて 元々は真っ白な何も記述されていない 一冊の本だったのでは?


グリム兄弟が 各地で語り続けられてきた民話や言い伝え 民間伝承を収集して作り上げたグリム童話のように、今 私達が目にしている メルヒェン フォン フリードホフという人物(?)は 復讐劇という物語りを 自らが収集し 自らに書き記した 一冊の本が擬人化した姿だとしたら…。


つまり、メルツが井戸に落ちる前から メルヒェンは存在し メルツが井戸に落ちるのも見ていた。 そして メルツとテレーゼの復讐もまた メルヒェンに書き記された一篇の物語りなのではないでしょうか?

メルヒェンさんの外見は 主にイドルフリードさんの物ですが、人格は もっとも最近 井戸に落ち イドに取り込まれたメルツの人格が強く出て来ているのかもしれません。

もっとも メルヒェンさんの人格は これまでに井戸に引き込まれて堕ちてしまった人間たちの精神の複合体になっているような気がします。 だからメルヒェンさんは 自分が誰なのか忘れてしまったというよりも 混ぜこぜになった精神のせいで本当の自分が誰なのか分からないのではないかと 時帰呼は考えました。


メルヒェンさんが 屍人姫たちの復讐という名の唄(物語り)を集めていたのは 書物としての本能のような物だったのかもしれません。 そして、メルヒェン フォン フリードホフという書物の所有者は 井戸の底に潜むイドだったのかも…。 

だとしたら、イドは、 グリム童話のように 200編の物語りを集められなかったのは さぞかし無念だった事でしょう。

    
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 Memento mori. 

「メメントー・モリー」と発音。

動詞 memini(メミニー) 「覚えている」の命令法が memento で、「覚えていなさい」。
moriは、動詞 morior(死ぬ)の不定法の形です。

「(自分が)死ぬことを覚えていなさい。」という意味。

即ち、 自分がいつか死ぬ身である、ということを胸に刻め、という意味で用いられます。
『ギリシア・ローマ名言集』(柳沼 重剛著、岩波文庫)によれば「汝みずからを知れ」 ギリシア語で『グノーティ・サウトン』、ラテン語で『 cognosce te ipsum.』と同義、「汝は不死なる神ではなく、死すべき人間であることを自覚せよという意味に解釈されています。


  愛シイ腕ニ抱カレテ目醒メタ... モリへ至ル井戸ノ中デ...
  私ハ殺意ヲ唄ウオ人形... イドへ至ル森ノ中デ...
  錏痾蛙遭嗟有合或吾会在唖逢娃婀堊... モリへ至ル井戸ノ中デ...
  宵闇ニ踊ル深紅(あか)ト漆黒(くろ)ノ影... イドへ至ル森ノ中デ...


【宵闇の唄】の中において 人形だった少女=エリーゼが歌う歌詞。


これもまた 私の勝手な解釈で有る事を あらかじめ断っておきますが 私はこのように考えました。

『森=モリ』とは いったい何だろうか? …と以前より疑問を感じていたのですが
最近 発行されたコミックスで見かけた言葉に ハッと気づいたのです。

『モリ』とは『mori』 つまり、死の事だったのですね。

『イドへ至る森へ至るイド』=『異土へ至る Moriへ至る IDO』

異土とは彼の世、 Moriは死、 IDOとは超自我=Es


Es(エス)は簡単に言えば無意識。正確に言えば無意識的防衛を除いた感情、欲求、衝動、過去における経験が詰まっている部分であり、人間の動因となる性欲動(リビドー)と攻撃性(死の欲動)が発生していると考えられている部分である。


人間の精神の奥底の混沌たる暗闇に 常に存在する 死に至る破壊と破滅へと至る本能。

性欲動(リビドー)=『侵せよ』 攻撃性(死の欲動)=『殺せよ』

究極の自己保全である性欲と 他者を蹂躙し己がモノとして呑み込まんと欲する破壊衝動は、最終的には自己へと向かい、タナトス(Θάνατος)=デストルドー(死への衝動)へと至る。

其は何故に…

自分という存在が 永遠ではないという恐怖の裏返しが、自己が存在する前への回帰への渇望となる。

即ち、永遠に生き続けたいという不可能な事への衝動が、ヒトが生きて行くという事に これほど苦みが伴うのならば、何故ヒトは産れて来たのかという疑問と死への恐れを産み出し、やがて 生まれる前へ帰りたいという衝動へと変質してしまうのでしょう。

 『死への恐怖が 死への衝動(渇望)を産み出す』

ヒトとは なんと矛盾した生き物なのか…。


そんな ヒトが内包する矛盾が、永き時間の流れの中で 混沌たる異土の底に眠る闇の中に沈殿し、いつしかそれ自体が『混沌』という名を持った『意志あるモノ』となったのかもしれません。

其れこそが、異土へ至るMORIへ至る井戸の中に存在するモノの正体なのだと 時帰呼は考えます。

…としたら、『其れ』は アナタの心の闇の中にも、ワタシの心の闇の中にも 常に存在しているに違いありません。(おお…、恐い 怖い)


おはようございます。

今日も今日とて、コタツで寝落ちしていた時帰帰呼子です いや 時帰呼です。← お疲れモード;;;


我社にも 年末進行が有るらしく、急に仕事量が増えて 昨日は残業塗れでございました(泣)
今日も、沢山 働かさせて頂けるみたいで たいへんありがたく思っていますww
(東京行きの荷造りができないよう!)

しかし、ゴロゴロしていても仕方ないので、とりあえず、出来る事だけでも やっておこうと思い、日曜日に作った手土産の製本作業をしておりました。

大したものではないですが お茶会でのお楽しみと言う事で…ww 嗚呼、因みに SSではないです。


それにしても、パスポートが見つからない(大泣)
うむ、何処かに在るとは思うのですが、毎度 何処かへお隠れになってしまうのは どういう訳なんでしょうか?

明後日には いよいよ私もメルコンに参加できます。 楽しみ過ぎて夜も… ぐっすりですww


話題変わり、 【生と死を別つ境界の古井戸】の考察の件、補足。

童話『ホレおばさん』に ほとんど100%忠実に物語りが展開する この曲は、たぶん「二通りの解釈をしてくれたまえ」という 陛下の御心が働いている曲なんだと思います。

曲タイトルにも有るように、素直に受け取り 【生】に天秤が傾けば 明るく ポップで無邪気な女の子の ずいぶん可愛い復讐劇になるのでしょう。(誰も恨まず…)

そして、【死】に傾けば 明るい曲調が 殊更恐ろしく感じられる無関係な者までも巻き込む 恐ろしく最悪の復讐劇と化すのでしょうね。(嘆いたところで もう手遅れ!!)

同じ運命でも その受け取り方、受け入れ方で 己のその後の運命が変わる… と言うより、 どんな過酷な運命が待ち構えていようとも をの後の運命、生き方(逝き方)を 自分自身で選択できるんだよという 陛下からのメッサージュが隠されているのではないかな?

これは、あくまでも 私の個人的解釈なので 悪しからず…ww

でも そう考えると、この曲が アルバムの真ん中に位置する意味も 充分うなづけるんじゃないかと思います。


世間一般では クリスマスだったらしいですな。

うむ、めでたい…

…以上 (私には関係ない行事だよ;;;)



ジャジャ~ン!!

「こいつは、ついてるぜぇー!」


いや、それって
強盗殺人ですから!!


 残念~!!!(Gitarre侍なメルメルは嫌だ!)


それにしても、童話って残酷ですよね。

今回のアルバム 『Marchen』では 予想通りに …と言うか
予想以上に 血と悲鳴と絶望に彩られた復讐劇が繰り広げられていますねww

中でも アルバムの真ん中に位置する『生と死を別つ境界の古井戸』って 本当に恐ろしい話ですよね;;;

え!? 「あれの何処が 恐ろしいんだ!?」だって!!!!


うむ、心の綺麗で素直な大半の皆さんには そう聞こえるでしょうね。
しかし、気付いてしまったのです… ひねくれ者の私は…

ちょっとだけ 歌詞の意味を ダークに変換してみましょうか?


「どうしよっ、お父さん[Vati(ファティ)]!最悪、そっちに行きます!セイッ!」

  ↓

「どうしよっ、お父さん[IDO!(イド)]!もうだめだわ!、そっちに行きます!死ッ!」

 (絶望して 井戸へドッボン!! 井戸子ちゃんは あの世へと…)



  注:以下、脳内でダーク変換して下さい。 



○パンは キリスト教的には 肉体を表しますよね? 喋るパン=人間

(かつて、 全く根拠のない理由で、黒死病をばらまいた犯人はユダヤ人だというデマが飛び交い、多くのユダヤ人が焼き殺されていったそうです)

「喋るパンの願いを聞いて シャベルで全部 掻き出してあげたわ」

「いぇい☆」



○林檎は 知恵の実… と言うよりも、 この場合 人の命としてみましょうか? 

そして――
ひとつ残らず 実が落ちるまで 林檎の木を揺らし

その後――
散らばる林檎を 積み上げるだけの 簡単なお仕事



○冬と言えば サンホラ的には 【死】あるいは【死後の世界】を表しますよね?

 嗚呼 綺麗に舞い散る羽ぶとん 振るうのが新たな私の仕事
嗚呼 地上に舞い落ちる雪の花 降るのは灼かな私の仕業

「キミが、もし冬(死)に逢いたくなったら、私に言ってねぇん?」



○大きな門は 生と死の世界を別つ冥界の門。 そして、金は【菌】…

大きな門が開くと 黄金(きん)の雨が降ってきて、あっという間に 全身 覆った……

「キッケリキー!うちの、菌(きん)のお嬢様のお帰りだよぅ」



○ 瀝青(チャン)とは コールタールのことですので 可愛いチビちゃんは 真っ黒になってしまったということですね。 黒くなる… すなわち イドイド的解釈をすれば… 

日が過ぎて 嗚呼 瀝青(チャン)塗れ
ほら 怠惰な態度が 貴女の罪よ 自業自得だわ ねぇ――

これからは貴女も 必死に頑張ってみなよ!

「やだ!取れない!取れないよ!やだやだやだ取って!取ってよムッティ!」


イドに飛び込んで死んだ少女を媒体として 黒死病が蔓延、継母の可愛いおチビチャんも 真っ黒になってしまいましたとさ… めでたしめでたし…。



どうですか? 私からの クリスマスプレゼントは? 一見 明るくポップな曲が すっかり怖い曲になってしまいましたね;;;

まさに、アルバムの真ん中に在って、生と死を別つ境界に位置するに相応しい曲と言えるのではないでしょうか?


 
 
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