残念な時帰呼が綴る 残念な感じのON>OFF生活


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 Memento mori. 

「メメントー・モリー」と発音。

動詞 memini(メミニー) 「覚えている」の命令法が memento で、「覚えていなさい」。
moriは、動詞 morior(死ぬ)の不定法の形です。

「(自分が)死ぬことを覚えていなさい。」という意味。

即ち、 自分がいつか死ぬ身である、ということを胸に刻め、という意味で用いられます。
『ギリシア・ローマ名言集』(柳沼 重剛著、岩波文庫)によれば「汝みずからを知れ」 ギリシア語で『グノーティ・サウトン』、ラテン語で『 cognosce te ipsum.』と同義、「汝は不死なる神ではなく、死すべき人間であることを自覚せよという意味に解釈されています。


  愛シイ腕ニ抱カレテ目醒メタ... モリへ至ル井戸ノ中デ...
  私ハ殺意ヲ唄ウオ人形... イドへ至ル森ノ中デ...
  錏痾蛙遭嗟有合或吾会在唖逢娃婀堊... モリへ至ル井戸ノ中デ...
  宵闇ニ踊ル深紅(あか)ト漆黒(くろ)ノ影... イドへ至ル森ノ中デ...


【宵闇の唄】の中において 人形だった少女=エリーゼが歌う歌詞。


これもまた 私の勝手な解釈で有る事を あらかじめ断っておきますが 私はこのように考えました。

『森=モリ』とは いったい何だろうか? …と以前より疑問を感じていたのですが
最近 発行されたコミックスで見かけた言葉に ハッと気づいたのです。

『モリ』とは『mori』 つまり、死の事だったのですね。

『イドへ至る森へ至るイド』=『異土へ至る Moriへ至る IDO』

異土とは彼の世、 Moriは死、 IDOとは超自我=Es


Es(エス)は簡単に言えば無意識。正確に言えば無意識的防衛を除いた感情、欲求、衝動、過去における経験が詰まっている部分であり、人間の動因となる性欲動(リビドー)と攻撃性(死の欲動)が発生していると考えられている部分である。


人間の精神の奥底の混沌たる暗闇に 常に存在する 死に至る破壊と破滅へと至る本能。

性欲動(リビドー)=『侵せよ』 攻撃性(死の欲動)=『殺せよ』

究極の自己保全である性欲と 他者を蹂躙し己がモノとして呑み込まんと欲する破壊衝動は、最終的には自己へと向かい、タナトス(Θάνατος)=デストルドー(死への衝動)へと至る。

其は何故に…

自分という存在が 永遠ではないという恐怖の裏返しが、自己が存在する前への回帰への渇望となる。

即ち、永遠に生き続けたいという不可能な事への衝動が、ヒトが生きて行くという事に これほど苦みが伴うのならば、何故ヒトは産れて来たのかという疑問と死への恐れを産み出し、やがて 生まれる前へ帰りたいという衝動へと変質してしまうのでしょう。

 『死への恐怖が 死への衝動(渇望)を産み出す』

ヒトとは なんと矛盾した生き物なのか…。


そんな ヒトが内包する矛盾が、永き時間の流れの中で 混沌たる異土の底に眠る闇の中に沈殿し、いつしかそれ自体が『混沌』という名を持った『意志あるモノ』となったのかもしれません。

其れこそが、異土へ至るMORIへ至る井戸の中に存在するモノの正体なのだと 時帰呼は考えます。

…としたら、『其れ』は アナタの心の闇の中にも、ワタシの心の闇の中にも 常に存在しているに違いありません。(おお…、恐い 怖い)

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