残念な時帰呼が綴る 残念な感じのON>OFF生活


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おはようございます(^0_0^)昨夜も 仕事から帰って、シャワーを浴びて、一息ついたら いつの間にか寝落ちして 床と私と天井の多層菓子になっていた時帰呼です。 拍手ありがとうございます。 残業に疲れた体には 一服の清涼剤です。

さて…、


時帰呼は ツイッターやっています。

一時期は 入り浸りだったのですが、最近は 少し覚め気味な感じですが それでも ちょこちょこ覗いています。

…で、昨日のTLで 深いな…って思った呟きを見つけました。

「人間の肉体は入れ物なんだよ、本体は分散されて他人の記憶として生きる」

人間の命や魂って 何なのだろう?

よく聞く言葉「人間の魂なんて無い 其れは脳内を走る単なる電気信号にしかすぎない」


たしかに、そうなんだろうね…。 けれど、其れでも良いなって ちょっと思った。

ひとの魂が 脳内を走る単なる電気信号だとしたら 他人の脳内に残る無くなったひとの記憶は たしかに、そのひとの魂の一部なのかもしれない。

無くなったひとの脳内の自我と 生きている間に出会った人の中に残る そのひとの記憶

どちらも 電気信号だとしたら 亡くなったたひとの電気信号の一部は 他人の脳内に複成されて 生き続けているのかもしれない。

昔のアニメで よく有った台詞「あいつは、死んでなんかいない…。 俺達の心の中に生き続けているんだ…!」

なんてクサイ台詞… と思っていたけれど、そう考えると だとしたら、人間の魂とか命って 不滅なんじゃないのかな?


人間の命は 大きな存在から借り受けているモノにしかすぎなくて、死んだら その存在の元へ還って逝くだけ。そのひとの 生きていた間の魂の記録は 消え去ってしまったように見えても 生きているひとの脳内に残り続ける。

そう考えると、少し なんだかホッとして幸せな気分になった…。


    
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