残念な時帰呼が綴る 残念な感じのON>OFF生活


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【星屑】その13


夜空に浮かんだ満月が 穏やかな海に柔らかな光を投げ掛け タールの如き漆黒の海上に まるで月の世界に通じる光の道が現出したかのように見える。

「冥府へと続く道」

スコルピオスが 心の底から ぽかりと浮かんだ言葉を口にした時、背後の暗闇から歩み寄る密やかな衣擦れの音がした。 そして、ゆっくりと歩む一人の足音と それに付き添い主を気遣う一匹黒銀の毛並みをもつ獣の足音。

「お待たせしました」

ミーシャの涼やかな声が 昼間の港で繰り広げられる喧騒に辟易としたスコルピオスの耳に快く響く。

「いや……、」

彼は、言葉を継ごうとしたが 月明かりに照らし出されたミーシャの美しさに見惚れ、 まるで石の彫像になったかのように 立ち尽くすことしか出来なかった。

星明かり

月の影

見上げる瞳に映るひかり


けれど、その瞳の奥に 天空の星々の輝きは届いてはいない。

ひようっ、と夜風が吹き渡り、ミーシャの髪が星明かりを反射させて煌めくのを見たスコルピオスは 遠き日に憧れた彼の人の面影を 不意に脳裏に描いたが、 頭を一振りして その幻影を無理やりに振り払った。



クスクス……

「なにが 可笑しいのですか?」

不意に洩らした ミーシャの笑い声が スコルピオスの癇にさわった。

「ごめんなさい。 貴方も そんな子供のような表情をなさるなんて思わなかったから……」

(仕方ないだろう。 貴女の美しさを目の当たりにして 呆けない男など この世に存在するものか)

けれど、其を 口に出して言えるスコルピオスではない。 彼は、心の中で疼く感情を押し留めながら 普段と変わらぬ仏頂面を なんとか取り戻そうとするのに懸命だった。

「今日は、お別れの挨拶に参ったのです」

「お別れの?」

ミーシャの星明かりのような瞳に陰りが宿る。

「そう、些か 長居をし過ぎたようです……。 私にも やらねばならぬ仕事が」

それは、事実でもあり虚偽でもあった。
スコルピオスは、ただ恐れていたのだ。 長年掛かって研ぎ澄まされてきた心の中の冷徹な刃が 此処に居れば……、いや、ミーシャの傍に居れば 鈍ってしまうのではないかと恐れていたのだ。




此れが 夢ならば

なにひとつ、運命の女神が定めた約束ごとなど無く 過ぎ去って逝くものを……






「どうしました?」

仄かに笑みを浮かべたミーシャは 無邪気に言った。

「いや、……」

まさか、今宵の永遠が失われてしまう予感に囚われたなど…… 口に出来るはずもない。


君が望むモノならば、世界の果てまでも赴き、世界の全てを 蹂躙したとしても、この両手に掴んでみせよう。

けれど……、

それらは、全て幻影



月明かりのもとにあっても、それが月よりもなお光輝く どれほど欲するモノだとしても、 けして我が手に 納められぬモノだと 彼は直感した。






「どうしました?」



ミーシャの言葉に 不意に 我に帰る

「夢を見ていました」

「夢?」


「そう、夢……」


そう答えながらも 彼は不思議な既視感に囚われていた。

(あぁ、赦されるなら この想いを……)


「今日は お別れにまいったのです。 些か 長居をしすぎたようです」


(既視感)

幼き頃より スコルピオスが感じてきた感覚。 そして 甘やかに囁く 陰鬱なる声。

(欲ッスルモノナラバ 手ヲ伸バシ奪イ盗ルガイイ……、其コソガ オマエノ)

それは、今は亡き母の声のようであり 奈落の底から聞こえる悪鬼の囁き声のようでもあった。


*****


「楽園は、何処にあるの?」

「楽園?」

まだ10歳にもならぬスコルピオスの問いに 彼の母は 奇妙な瞳の色を浮かべ 問い返した。

「そう、楽園。 昔からの言い伝えにある 皆が 楽しく暮らせる処 」

「そうね、此処じゃないことは 確かだわ」

咲き乱れる薔薇の園の真ん中で 母は両の手をひろげ ニッコリと微笑んだ。

数年前から 彼女の心は現実と虚の狭間に迷い込んでしまったかのように 曖昧なものになっていた。
スコルピオスは、そんな母が 恐ろしくもあったが 片時も離れようとしなかった。此処以外に 彼の居場所など無かったのだから。

妾腹の王位継承者など 正当なる血統を持った王子が生まれた途端に ただの厄介者に成り果てるのが 世の理。 それどころか、生まれたばかりの王子レオンティウスを推す王宮内の一派にとっては 一日も早く葬らねばならぬ存在に違いない。

けれど、この雷神域の奥深くにある 今は使われることがなくなった 小さな神殿に住まう母のもとで 花を摘んでは 歌を唄い暮らすうちは、大義もなく強引な手段をもって命を狙われはしないだろう。 それは、彼の教育係として 父王デミュトリウスから任を授けられたポリュデウケスの策であった。

「よいですか? 殿下、けして後宮より 足を踏み出してはなりませんぞ。今は耐える時。 いずれ 殿下の才が必要になる時が このアルカディアに訪れるでしょう」

早くから スコルピオスの才覚を見出だしていたポリュデウケスは 事あるごとに 彼に言い含めた。

そう、分かってはいる。
スコルピオスは 母の作った花輪を頭に乗せられながら ポリュデウケスの言葉を反芻する。

(いずれ…とは、いつ訪れる?)

こうしている間にも 近隣諸国は 年老い かつての栄光にとり縋る事しか出来なくなったデミュトリウス王の領土を 次々に剥ぎ取り 我が物としているというのに、愚かなる王の血族どもは 王宮内の権力闘争に血眼になっている。

だがしかし、それも仕方ないのかもしれない。 何故ならば、ほんの少し油断しただけで その背に剣が深々と突き刺さり、或は 毒杯を それとは知らずに飲み干す羽目になるやもしれないのが 今の王宮なのだから。 其れを思うと スコルピオスは 子供には似合わぬ歪んだ笑みを浮かべずにはいられなかった。


「お母様、ありがとう」

スコルピオスの言葉に 母の瞳に冷たい光が宿る。

「おお、スコルピオス……、お前こそ 王の器だというのに、何故 そのような 花輪などで女々しく喜ぶのです? お前が 手にするべきは」

「お母様?」

不意に 手にしていた薔薇の束を 母は力の限りスコルピオスの頬に叩きつけた。

「スコルピオス、お前こそが! お前こそが!」

狂気に囚われた母が 我が子の頬を何度も 何度も打ち据える。 スコルピオスは 両手で その顔を庇いながらも 逃げようともせず 打擲に耐え続けた。
そうしなければ、母が この親子二人きりの仮そめの楽園から逃亡し、深淵へと堕ちてゆくと知っていたから。

スコルピオスの両の腕は 薔薇の棘に切り裂かれ その薔薇よりも赤い鮮血に彩られてゆく。

(痛ミコソ、オ前ノ友、唯一ノ理解者)

またも、スコルピオスのこころの内より 陰鬱なる声が囁く。

あぁ、何故 この人は 此のようになってしまったのか?

スコルピオスの愛する母は 誰よりも美しく 気高く 優しく才覚溢れるひとだったはずなのに。

けれど、彼は けして疎ましく思ったりはしなかった。 誰よりも……、いや、この世に唯一 この世で一番 醜い彼の心を愛してくれるヒトだったのだから。

愛している。

彼ハ、心ノ中デ 叫ンダ。

愛してる……と




*****



ふと気付くと スコルピオスは、ミーシャの腕に抱かれていた。

けして触れてはならぬと 心に誓った彼女の腕に抱かれていた。

「気付かれたのですね……」

見返すと、彼女の 優しい微笑みがあった。 そう、あり得ざる微笑みが……。

スコルピオスは、声にならざる絶叫を叫んだ。

あぁ、なんということだ
私の 心の底に埋め 誰にも告げまいと……、いや、自分自身 忘れ果てた筈の過去を 彼女に……



スコルピオスは、ミーシャの腕から 這いずるように逃れると 震える声で 何度目かの 別れの言葉を告げた。


「今日は、……お別れに……、まいっ…た…のです」

小首を傾げ ミーシャが微笑む。

スコルピオスは、恐怖に震えた。


神聖なるレスボスの巫女たる ミーシャ。

かのモノは、その手で触れたモノの素性を正確に読み取る力を持つ。
それは、過去を知ることで 未来の運命の無数に枝分かれした可能性の全てを読み取る力を持っているのだ。

その彼女の腕に 私は抱かれてしまった。


そう、全てを……

彼女の養父を屠った 我が醜き所業を……


私は……



取り返しのつかないことを……




ミーシャの腕から まるで死の神から逃れようと足掻く亡者のように スコルピオスは逃げ出し ガクガクと膝を震わせながら なんとか立ち上がった。

「こッ…、此れは……!?」

ミーシャは、優しく微笑み…… 言った。

「どうしました?」

「急に 倒れたので 心配しました。 余程 お疲れだったのでしょ……」

スコルピオスの耳には その言葉は届かなかった。

ミーシャに、彼女に、触れられてしまった!!

彼女に、ミーシャに、全てを知られてしまった!!

「些か、長居を……」


まるで、全ての罪を知る冥府の王に、或は 全ての運命を知る女神に魅いられたかのようにスコルピオスは 途切れ途切れに そう吐き出すと ワナワナと震えながら立ち上がった。

(既視感)

(既視感)

(既視感)

ああ、もう絶望だ。
最も知られたくないヒトに 最も知られたくない事実を知られてしまった。

私が どんな人間なのかを…… 知られてしまった。



スコルピオスは、ゆっくりと立ち上がると

(既視感)

別れを告げた。

「今日は お別れにまいったのです。 些か 居心地が良すぎたようで 長居をしすぎたようで……」


別れの挨拶も まともに出来ぬ儘 スコルピオスは よろめきながら ミーシャの部屋を後にした。




【星屑】その13 ……… 了
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