残念な時帰呼が綴る 残念な感じのON>OFF生活


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完結篇です。






【星屑】その17


石壁の小さな高窓から 月光が洩れている。 凛と冷えきった空気に吐き出した息が白く煙った。

今夜は満月なのだろうか? いやに明るすぎる光が 床の上に横たわる傷付いた肢体を青白く染めている。

身じろぎもせず 空虚な瞳を空に向ける。 思い出すのは 今では遠く霞みそうになる昔日の記憶。

どうすれば良かったのか? それは、何十回も 何百回も 何千回も 自問した けして解けることのない命題。

過ぎ去った日々は 去来する度に胸を鋭く抉ってゆき、 渇れることのない涙を流させる。


カサカサと 何処かで虫の這う音がする。 いや、もしかすると其れは鼠が生きながら死んだ私の肉体を貪り喰うために近寄る音なのかもしれない。

だとしても、其れがなんだというのだ?

生きる喜びも 明日を夢見る希望も尽き果てた自分には どうでも良いことだ……


全てを失い 放浪していた私が 奴隷商人に捕らえられたのは いつのことか?
ほんの数日前のことでもあり 数年前のことでもあるように思える。

愛するものを亡くした時 全てが終わったのだ。




夢を見る

辛い夢だ


まだ明日を信じていた頃の幸せな夢

目覚めることがなければ 幸せな夢で終われる夢



遠くで狼が 一声 細く長く鳴いた。


夢を見ていたい

ずっと ずっと……





何者かが 足音を潜め 駆けてゆく

まるで、獣が獲物を狩るように


くぐもった悲鳴、重い何かが倒れる音

不意に分厚い石牢の扉が開かれ、其処には 足元に倒れる牢番のものであろう鮮血が滴る剣を握る男が月光を背に立っていた。 けれど私には 影になり表情の読み取りにくい男の獣のように光る紫色の瞳が 確かに嘲笑するように笑っているのがわかった。

憐れみの瞳

弱者に向ける侮蔑の瞳

だが、其処には 紛れもない孤独の光を宿している。 私と同じ哀しみの瞳。

男が腰に提げた もう一本の剣を抜くと 私の目の前に放って寄越し、口を開いた。

「抗うのならば その剣をとれ。 だか、そうでなければ切り裂かれてしまうがいい」

男の瞳は凍り付いた紫水晶のように 鋭く見据え、凍てついた私の心に忘れていた衝動を呼び起こさせた。

運命は残酷だ……されど

かつて流浪の吟遊詩人が謳い 歌い次がれた古から口伝された詩の一節。

不意に甦る記憶の奔流

今は 何処を探しても見つけることのできない幸せな日々

其れを奪ったのは 何者なのか?
けして忘れていたわけではない、亡くしたわけでもない、心の中に沈澱していた理不尽な運命と理不尽に力を振るう権力者達への怒り。
其れは 真っ赤に燃え上がる炎ではなくとも 確かに青白く燃え続ける焔として 胸の内にあったのだ。

背を向け立ち去ろうとする男に向かい、 私は 剣を取ると 傷付き 痩せ衰えた身体を引きずり起こすように立ち上がり 声を振り絞り叫んだ。

「お待ちください!!」


*****


「夢……、ですか?」

「そうだ、夢だ」


「私の夢は 毎日 腹一杯に飯を喰うことと 温かい寝床に寝ることですな。 う~ん、其処に 可愛い女がいてくれたなら 更に言うこと無いんですが!」

アメティストスが 私に投げ掛けた問いに シリウスが無遠慮に割って入った。

本当に このシリウスという男の精神構造は どうなっているのだろうと いつも思う。 まぁ、心根の悪い男ではないのは認めるが 私が今まで出会ったことのない人種であることは間違いないだろう。 けして嫌いではないが そんなことをシリウスに告げるつもりは毛頭ない。

アメティストスは そんな私の顔を にやにやしながら 見ている。

それにしても 不思議な御方だ。 初めて会ったときのことは忘れない。
この世の何もかもに絶望し、生きるも死ぬも構わぬと思っていた あの頃、アメティストスが 私に投げ掛けた あの瞳の色を 今は 少しも見せない。

あるのは、まるで無邪気な子供のような 澄んだ瞳の色だ。 もしかすると 其れは シリウスの存在が大きいのかもしれないと思うと 少しばかり私の胸の内はざわめいた。

私もまた、シリウスのようにアメティストスに救われた多くの者達と同様に 絶望の淵から救われた事に感謝している。
だが、其れは 単に命を救われたというだけではない。 死んだはずの心に 再び焔を灯してくれたことに対する気持ちなのだ。

だがしかし、其れもまた アメティストスに直接 伝える勇気など無い私だった。 ならば、この身体をもって 行動で示すしかないではないか。

今や軍と呼んでもよい程に膨れ上がったアメティストスを信奉する男達の所帯は 次々と奴隷を解放しながら西進を続けていた。

アメティストスが目指す道が何処へ向かう道なのかは シリウスも私も知りはしなかったが、そんなことは少しも気にならなかった。 彼と共に歩む道なら 何処へ続く道だろうと構いはしない。 ただ、彼と……アメティストスと共に未来へ歩むことさえできれば……


「オルフ、お前の夢は?」

重ねてアメティストスが 私に問い掛ける。

「夢……、ですか?」

「あと、もうひとつ有るとすればですな」

またもや割って入ろうとしたシリウスに やんわりとアメティストスの視線が飛んだ。 途端に シリウスは飼い慣らされた番犬のように黙り混む。

その様子に 吹き出しそうになりながら私は答えた。

「私の夢は、閣下の夢と同じものです」

「お前は、私の夢を知っているのか?」

アメティストスは 呆れ顔で 問い返す。

「勿論です!」

ふん、と鼻を鳴らして シリウスも呆れ顔で私の顔を見る。 番犬は どちらの方だと言いたげな様子だ。

アメティストスは そっと私を手招きすると 子供が内緒話を打ち明けるように小声で言った。

「私の夢を知っているなら、他言はするな」

彼の顔は笑っていたが その瞳は別の感情を浮かべていた。



翌朝、奴隷軍は野営を解き 再び進軍を開始した。 先ずは 新たに手に入れた鉄器をもって ラコニアを落とし、その勢力を拡大しつつ戦い 勝利を重ね、 やがては西の果てにある雷神の統べる国アルカディアを目指すのだ。

快晴の冬空が 高く澄みわたり 何処かで小鳥の鳴く声も聞こえる。

奴隷軍は 正規の軍ではないが 志を同じくする者同士が集まり いつの間にか 緩いながらも ある程度の統率されたものとなっていた。

とはいえ、兵達の表情は 戦いのない時には明るい笑みが そこかしこに見られ、談笑の声も聞こえる。
私は もう少し規律というものが必要なのではないかとアメティストスに問うたことがあるが 彼はのんびりと答えた。

「正規の軍でも 戦いの中で略奪行為を行うのが常識と聞く。 だが、彼等は 弱い者の心が分かるから そんなことはしない。 それで充分なのではないか?」

確かに その通りだ。 そんなことさえ無ければ 私は、今でも彼女と幸せに暮らしていただろう。

けれど 現実は 二度と……




*****



湖水に浮かぶ乙女の手には水月が揺れていた。

若者は 其処まで駆けてきた両足に枷をはめられたように ずしりと重くなったのを感じた。

何もかもが 色を失い、夢の中の光景のように見える。

そんなはずはない

そんなことが起こる筈がない

甦る記憶の中の彼女の微笑み

語りかけてくれた優しい声

ぬくもり

彼女の髪の香り


ずっと一緒にいようね……

彼女の声が 耳元で聞こえた。


湖水に足をとられながら若者は 懸命に駆け寄り 彼女の身体を抱き起こす。

既に温もりは無く、ぐったりとした身体の重みが信じられなかった。

ばかな! そんなはずはない!!

自分が 何を口走っているのかさえ分からぬ絶叫が 臓腑を振り絞り迸り出た。

獣のように 荒ぶる冥界の悪鬼のように 彼は叫んだ。

約束は……?

ふたりで交わした あの約束は?

問い掛ける声に 乙女の唇が答えることは 遂になかった。


東の空が白々と明け始める頃、若者は 乙女の身体を湖水に沈めた。

彼の頬には 止めどなく涙が溢れ、唇は噛み締められ一筋の血が流れ落ち 水面に小さな赤い花を咲かせた。


夜が明けてゆく……

洞窟の隅の暗がりで 何かの影がごそりと動いた。

若者が茫然とした視線を向けると 其処には黒い影を思わせる漆黒の獣が 彼を見つめていた。

いや、見つめていたというのは誤りだ。 何故なら その獣の両目は 深く抉られたように落ち込み夜の闇の色があっただけだからだった。

「絶望ノ味ハ、ドンナ味ダ? ……ネクロス」

獣が口を開いた。

「貴様か?」

若者は、聞き覚えのある その声に 動じずに返す。

「モウ分カッタダロウ? θト オマエノ憎ムベキ者ガナニカトイウコトガ……」

その声は 優しく語りかける。

だが若者は 小首を傾げ 獣に吐き捨てるように言った。

「貴様の思い通りにはならん」

獣の口元が にやりと歪んだ。

「其レモ ヨカロウ…… 待ツノハ慣レテイル……。 モウ永イ間 待ッテイルノダカラナ」

不意に 獣は 洞窟の天井から射し込む光りにかき消されるように 見えなくなってしまった。



若者は湖水から出ると ひんやりとした丸い星空に輝く満月を見上げた。

約束は 果たさなければ……

あの月を取ってあげると言った幼き日の約束。

彼女が欲しがった夢は 何処へいったのか?

彼女とふたりで手に入れるはずだった夢は何処にいけば見つかるのだろう?

其れは もう見つけられないと分かっていても、探し続けなければいけない。
若者に出来ることは もうそれしか無いのだから。

彼は 手を延ばす。
無数の星が煌めく天空に掛かる蒼白い月へ向かって、手を延ばす。 だが、その月が 幾度 満月になろうとも、けして届かぬ ふたりの宝物だと 彼は知っていた。

哀しいほどに…… 。



【星屑】…… 了
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